Chapter 37
「おえぇっ」
私は朝から寮の自室のトイレに籠っている。
そして、何も出ないのに嗚咽だけは出ていた。
『お嬢様、大丈夫ですか?』
外からノックの音と共にメイドのクロエの声が聞こえてくる。
「大丈夫よ」
全然、大丈夫じゃない。
胃がひっくり返りそうになるほどの極度の緊張状態になっている。
自分で調合した睡眠薬を飲み、寝ることはできたが、昨日から何も食べていない。
理由は一つ。
私は今からトウコさんというバケモノと戦わないといけないからだ。
勝てるわけがない。
相手はラ・フォルジュの天才である。
たった1、2年で私の16年間を抜き去った女。
悔しかったし、嫉妬した。
これが才能の差かと思った。
だが、それ以上にそれを受け入れてしまった自分に絶望した。
よりにもよって、同世代で同い年。
しかも、ラ・フォルジュ……
そして、私はイヴェールという武家の人間である。
敗北は許されない。
「なんで……」
私は絶対に勝てないとわかっている相手に決闘を申し込んでしまった。
トウコさんが入学してきた時に絶対に戦わないと誓った。
小競り合いはあるかもしれないし、敵対もするかもしれない。
でも、戦ってはいけない相手だというのはすぐにわかった。
実際、彼女は最初の基礎学の試験で先生のオートマタを上級の氷魔法で粉々に砕いたと噂になり、氷姫なんて言うあだ名がついた。
無理だ。
勝てるわけない。
長子というだけで、妹にも弟にも劣っている自分がラ・フォルジュの天才に勝てるわけがない。
だからなるべく、争わないようにしてきた。
けっして戦わないようにしてきた。
だが、私は手袋を投げてしまった。
「ぐっ……」
私の脳裏にある光景が浮かび上がる。
先週の金曜日……
校長先生に頼まれた仕事を終え、寮に戻る途中で見た光景だ。
「ッ……」
またもや別の光景を思い出す。
月曜日にトウコさんがツカサに何かを言った時だ。
あの言葉を聞いた時、私は気付いたら手袋を投げていた。
「………………」
負けるわけにはいかない……!
私はシャルリーヌ・イヴェール。
武家の名門であるイヴェール家の長子。
「それに……」
ぐっと拳を握りしめる。
「かかってこい……! 落ちこぼれの意地を見せてやる!」
決意を固めると、トイレから出る。
すると、クロエが心配そうな顔をして待っていた。
「お嬢様……」
「行きます! ラ・フォルジュの娘にイヴェールの力を教えてあげましょう!」
負けるものか……!
絶対に負けるものか!
私の魔法使いとしての意地にかけ、絶対に勝つ!
◆◇◆
俺達が演習場に着くと、観客席に大勢の人がいた。
満席というわけではないが、少なくとも100人以上はいる。
「何あれ?」
観客を見ながらフランクに聞く。
「決闘って人が集まるんだよ。いい見世物だからな」
えー……
「マジ?」
「マジ。それに戦うのがトウコと生徒会長だろ? ラ・フォルジュとイヴェールの因縁の決闘なら見たくもなる。何せライバル同士だからな」
「え? 俺とマチアスは?」
「前座」
マジかい……
まあ、俺も前座気分だけど。
「じゃあ、僕達も観客席で見ているよ。頑張って」
「適当にやれー」
「トウコも頑張って」
「寸胴の敵を倒して」
「ほどほどに……」
5人はそれぞれ応援の言葉を言うと、観客席に上がっていった。
この場には俺とトウコの2人が残される。
「眠いな……」
「お兄ちゃんのせいでね」
俺もこの作戦は失敗したと思っている。
「トウコ、人それぞれ良いところがあるんだぞ」
寸胴でも気にするな。
「お兄ちゃん、会長みたいなのが好きだもんね」
そりゃそうだろ。
「気にするなって……」
「じゃあ、何故、笑う?」
寸胴がツボに……
「い、いや……」
「ふん! 会長はまだ?」
「さあ?」
俺達の視線の先には決闘相手のマチアスがいる。
マチアスは金属鎧を着ており、帯剣していた。
そして、俺達を睨んでいる。
「立会人はジェニー先生か……」
俺達とマチアスの間には担任であるジェニー先生が立っていた。
「フランクが頼んだんだと」
「ふーん……まあ、誰でもいいけど」
フランクが言うには担任だからといって贔屓みたいなことはしないらしい。
それほどに決闘というのは重いそうだ。
「トウコ、手加減しろよ」
「しない。全力でいく」
強情な妹だな。
「そんなにシャルのことが嫌いか?」
日本人と欧米人ではスタイルの差があるのは仕方がないだろ。
顔はもっと仕方がない。
俺と同じ顔なんだから。
「そういうことじゃない。そもそも嫌いになるほど会長としゃべったことがない。全力でいかないといけないのは向こうが武家の家だから。武家の人に手加減をしたら逆に恨まれるからしちゃいけないの。だからお兄ちゃんも全力でいって。マチアスの野郎も武家の人間だから」
そういうのがあるのか……
シャルも難儀だな。
「全力か……一撃必殺でいいか?」
「一撃必殺でいこう。ラ・フォルジュの……そして、長瀬の力を見せてやれ」
そうするか。
鎧なんて動きが鈍るだけで意味ないものを着込んでいるバカに強化魔法の恐ろしさを教えてやるか。
俺達が話をしていると、シャルが向こうからやってきた。
シャルは制服だが、マントのような外套を羽織っており、菜箸みたいな杖を持っている。
「来たね。なるほど……」
トウコがシャルをじっくり観察する。
「シャルリーヌ・イヴェールさん、マチアス・ジャカールさん、トウコ・ラ・フォルジュさん、長瀬ツカサさん、前へ」
ジェニー先生が促してきたので先生のところに行く。
そして、マチアス、シャルと対峙した。
「逃げずに来たか、劣等?」
相対すると、早速、マチアスが挑発してきた。
「俺はお前を知らん。お前も俺を知らん。それなのに相手の力を決めつけるのは愚か者のすることだぞ。武家の家なのにそんなことも知らんのか?」
「わかるんだよ。すべては家柄で決まる」
血統主義か。
「その程度の魔力でよく言った。何て名前の家かは忘れたが、名門だけに教育は良いな」
マチアスは別に低い魔力ではないが、俺よりかは低い。
「ふふっ、長瀬君、可哀想ですよ。彼だって頑張っているんですから」
必殺、性格の悪い双子の精神攻撃。
「貴様ら……!」
どうやらこうかはばつぐんのようだ。
「決闘のルールを説明しますが、いいですか?」
ジェニー先生が俺達の間に入ってくる。
「どうぞ」
「皆さん、ご存じの通り、この演習場では死ぬことも傷が付くこともありません。ただ、戦闘不能になれば、観客席に出されます。その時点で敗北となります。また、ギブアップ、もしくは、私が決着がついたと判断した時点で終了になります。いいですね?」
先生の言葉を聞いた俺達は頷いた。
「よろしい。また、決闘というのは何かを賭けたりもします。何かありますか?」
「ありません。ただ武を示すだけです」
「右に同じ」
シャルとマチアスが即答した。
「御二人は?」
ジェニー先生が俺達を見てくる。
「1000マナよこせ」
「俺、シャルに町を案内してほしいなー」
俺達がそう言うと、先生が額に手を置く。
「と言ってますが?」
「構いません」
「ええ……」
先生がシャルとマチアスに聞くと、2人が頷いた。
「では、そのように……最初の決闘を始めます。シャルリーヌさん、トウコさんは下がってください」
先生が指示をすると、シャルとトウコが下がっていく。
「劣等は身の程も知らんのか?」
マチアスがバカにしたような顔で聞いてきた。
「身の程? お前の物差しで人を測るな」
「ふん」
マチアスは俺を一睨みすると、距離を取る。
「では、マチアス・ジャカールさんと長瀬ツカサさんの決闘を始めます!」
先生がそう告げ、マチアスとの決闘が始まった。
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